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 【1】神戸青木

 

「コリもっちり」、唯我独尊のスジ焼き行きつけの店は意外と少ない。

  世の中にゴマンとあるお店をできるだけ回ろうとしたら、常連さんのように同じ店に何度も足を運ぶ余裕はない。それでもまた出かけたくなる店は、ホンマモン。そんなホンマモンがすごく儲かっているかといえば、悔しいかな、そうでもない。

 それでも地元の常連さんたちに愛され、店主も日々工夫をこらして営まれるいい店に出会うと、食べるときはもちろん、お金を払って表へ出るとき、不思議な充足感というか、大きな満足で満たされる。そんな店に一つでも多く出会いたいがため、できるだけ知らない店を訪ねようとしてしまう。

 すえちゃんの店主は、ひまなとき奥のテレビで競艇の中継を見ている。マッチョないい体格だが、鉄板もまたマッチョな風貌で、カウンターから盛り上がった厚みがすべてなのか、まだ下にも厚みが控えているのか、確認したことはない。店主は優しい人なのに、それなりに凄みがあるので、鉄板の厚みについて聞きそびれている。

 メニューは大別して、薄焼きと関西焼き。

  関西焼きとは、大阪風の混ぜ焼きのこと。薄焼きは昔ながらの生地を薄くひいたうえに、具材をのせて焼いたおの。両方置く店はとても増えているが、こんな表記はめずらしい。表の看板には、「お好み焼 すゑちゃん 広島焼 ねぎ焼」とあるけれど、やっぱ薄焼きが一番、と私は思っている。

 薄焼きのトップに書いてあるのは「すじ」。スジコンではない。コンニャクなし、シンプルにスジしかはいらない。それもじっくり煮込んで寸胴にどっさりというわけではない。タッパーにはいって、冷蔵庫から出てくる。16㎝くらいにのばした生地にキャベツ、ねぎがのって、最後にスジが一面に。大きな腕をこまごまと動かして、スジのかけらをのせていく店主の姿は、健気だ。

 「はっきりいうて、どこのが一番おいしい? ぼくはやっぱり神戸のお好み焼が一番やと思うんやわ。味の決め手は何やと思います? やっぱりソースでしょ」

 返事に困って、ただうなずいてる私に、店主は自問自答のように畳み掛けてくる。

  「神戸は地ソースのレベルが高いから、一番でもしゃあないと思うなあ」

 たしかに神戸は、日本で最初にウスターソースを作った町でもあり、歴史も文化もよそとは比べ物にならない。ウスターソースの澱である、どろソース、どべソースといったスパイスの沈殿物入り濃い辛口ソースも定番だ。

  ゆえに店主の思いは納得の得ちゃんではある。が、あまり同調しすぎて、天狗になってもいけない。こういうやりとりは意外と気を遣う。

 鉄板の薄焼きはどうなってるかというと、ひっくりかえしてしばらくしたら、しっかりとふちを止めるように、念入りに押さえていく。力づくというより、女性がお裁縫をしているかのような、ふち止めもまた健気だ。

 焼きあがった薄焼きは、辛くない方のソースをぬってもらい、けずり粉、青のりをたっぷりかと。

 「最近、全部たっぷりかけてもらうのが一番おいしいことに気づいたんですよ」

 店主はやっと私から出た意見に嬉しそうにうなずいて、しっかりかけてくれた。

 昨今青のりは敬遠されがちだが、ソース、青のり、けずり粉の3点セットは、水戸黄門、助さん、格さんに匹敵するチームワーク同様の必須アイテムだ。

 いよいよ、スジの薄焼きを口に入れる。

  熱い! ので、ソースの香りと熱気を口内に慣らし、テコから小さくかんでみる。なんとあのスジが最初っからはいってくる。かなり焦げ目をついて、でもコラーゲンのコリコリもっちりだ。香ばしい。堅めに煮込んだスジならではの、この食感はクセになる。

 ねぎもキャベツもわずかに歯ごたえを残してトロトロモード。野菜の甘味のジュワッと感とスジの「コリもっちり」が交互にやってきて、いつしか熱さを忘れてほおばっている。

  さっき入ってきたお客さんは、ビールとねぎ焼をたのんで新聞を開いている。

 

  このいかにも「らしい」空間で、店主は小さい頃、駄菓子屋で食べた洋食焼の思い出も語ってくれた。が、その話はまたこんど。

 

 

(2011.01.30)