鯛だしラーメンと一筋縄でいかない尾道焼き
「尾道焼き」はNHKの朝ドラがきっかけに使われるようになったが、「広島風」とはいるように、生地をひいて重ねていくタイプ。いろいろな尾道焼きがあるので、尾道観光協会では「尾道産のいか天とゆで麺を基本に、砂ずりや海の幸を入れた重ね焼き」と定義づけた。その会議にも参加させてもらったが、歴史があるだけにさまざまなお店のスタイルを統一するのはむずかしい。
それにしても、海が近いから海の幸はわかるが砂ずりはどこからきたのか。どこも砂ずりを使っているとも限らない。全国のお好み焼を見渡して砂ずりは珍しく、砂ずりを強調するのは得策だったのかもしれない。
大林宣彦監督の映画、尾道を舞台にした三部作「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」があるけれど、見たことがあるというと、年齢がばれてしまう。もっと古くは、志賀直哉や林芙美子ゆかりの地として、いまもその名残を感じられる文学好きにはたまらないエリアだ。傾斜がきついので細い坂道をのぼると、すぐ海が見下ろせる。子猫が露地を歩き、汽笛が聞こえ、のどかな美しい海辺を満喫できる町だ。尾道駅から海沿いを商店街が東に伸びていて、歩くだけで楽しい。
尾道といえば、尾道ラーメンが有名だった。もちろん過去形ではない。が、背脂たっぷりの濃厚ラーメンとは真逆の人気店も健闘している。
路地をのぞくと、2人のサラリーマンが待っていて、ここはいける!と判断した。
アメリカで寿司を握っていた店主、現地で捨てていた鯛のアラがもったいない・・と常々思っていた。広島にもどり、ラーメン店を開業するにあたり、鯛のだしをベースにしたラーメンを完成させた。私の勘は的中。
日本人は、「めでたい!」と鯛を好むが、鯛は身よりも、いいだしがとれる魚だ。その潮汁の旨さを知ってる人なら鯛だしラーメンと聞くだけで、よだれが出てしまうだろう。
繊細な麺、豚のチャーシューはロースとあぶりのバラの2種、わかめ、ごま、温玉、貝割れ。澄んだ鯛のスープをバックに、彩りのいい配列だ。上品に浮かぶ油の正体は、帆立の香油。帆立を素揚げした油で、身は粉にして仕上げのトッピングとなる。
極めつけは、柚子酢。ほのかな柑橘系が、鯛の旨味をぐっと凝縮する。久しぶりのラーメン歓喜だ。
こういう店が出てくると、尾道ラーメンも気合がはいるだろうし、ラーメン好きには嬉しい新しい刺激だろう。造船で栄えた尾道には、こういったおいしいこだわりが随所に受け継がれている。 砂ずりを入れるようになったのも、当時、おなかをすかせた若者のために、何か肉っぽいもので安価なものを探した結果のような気がする。コショウのきいた砂ずりの独特の食感がそばやキャベツの旨味と響きあう。
さて、夜もふけ深夜でもあいてるお好み焼は少ないのだが、個性的な一軒をたずねた。こちらは砂ずりは使わず、海の幸メイン。戦後すぐ江戸前にぎりから始まり、昭和35年2代目からお好み焼をするようになり、今は3代目が後を継ぐ。
メニューには、かき、小えび、貝柱、あさり、はまぐり、シャコと海の幸だらけ。最後に豚肉も一応書いてあるが、お好み焼で豚が肩身のせまい思いをしているのは、この店ぐらいだろう。
どの具材のあとにも、「生イカ、揚げイカ、タコ、そば、玉子入り」とある。いずれにもすでに海の幸が3種トッピングされることになる。
ほとんどが1575円。シャコは1890円、豚は895円。あさりもむき身を使い、生にこだわる、ゆえに高い。価格設定も独特だが、焼き方も独特だった。
まず鉄板が冷たい。
油はひかない、むしろふきとる。冷たいうちに生地を円くひく。粉かつおを散らし、キャベツ、もやし、とろろ昆布をおく。そのあとメインの具を並べる。そば、生イカ、タコ、揚イカ、自家製の天カスを丁寧において、生地を垂らしてひっくり返す。どの段階で火を入れたのかうっかりした。ここまで徹底的な重ね焼きは見たことがない。
しばらく放置したあと、軽く押さえ、玉子を割って本体を乗せるとこはよそと同じ。 ソース、青のり、千切りの焼海苔をトッピング。
3代目はもくもくと焼く。言葉は少ないがこだわりは強い。この焼き方を38年続ける母がカウンターから見守る。
尾道焼きを端から端まですべて食したわけではない。が、その一端にこの店があるのは間違いないし、まだまだ食べ歩かないと、尾道焼きを理解したことにならないと痛感するのだった。
(2011.01.30)