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 【3】しまなみ海道 その2

 

「野菜炒め」からはいるお好み焼

  翌日は尾道駅で11時に大事な約束があるが、それまで時間はある。因島でも一軒しか食べられなかったし、Iさん父のおススメのもう一軒も行ってみるしかない、とずっと考えていた。事務局ハヤッピの顔色をうかがいながら提案する。 「会長、そのお好み焼屋がある生口島は、因島よりも向こうにあるんですよ。往復するだけでも1時間半みておかないと危ないと思います。その店何時にあくんですか? すぐにみつからなければ、みつかったとしても何も食べずに帰らなあかんのですよ」。

 実は因島に行く前、私はその店に電話を入れた。白内障の手術からもどってきたばかりという奥さんが出てくださって、「明日は一日休みにしようと思っとったけど、そういうことなら、あけてあげようか」と。ふだんは11時開店のところ、10時にあけとくわ・・とまで無理をお願いしていた。

 地方でも外国でも出かけるたび、もう二度と来ないかもしれない・・という覚悟で食べている。ゆえに、満腹とは無関係に食べてきた。って、いうか、新しい食べ物との出会いは常に別腹だ。一品でも心残りがあると、数ヶ月は後悔することになる。一口でも食べておかないと、再現も語ることもできない。

  因島はもとより、生口島なんて、運転できない私には夢の島だ。一人では絶対に出かけられない。チャンスを逃せば、死ぬまで二度と出会えないかもしれない。もし先方が、どうぞ・・と言ってくださるなら、遠慮なくお言葉に甘えても神様は怒ったりしないだろう(ハヤッピは怒っていたが)。

 生口島のその店はIさんが何度出かけても通り過ぎてしまうくらい、民家にまぎれてわかりにくいらしい。私たちは、かなり余裕をもって生口島に渡り、店さがしの勘のよさだけで9時半に到着することができた。

 ガードレールの「子供飛び出し注意」の上に「味苑」と、小さな看板が出ている。左折してみるが、店らしい建物は見当たらない。付近にはお家が数軒、一瞬迷うが一軒の横に小さく出っ張った箱のような建物に暖簾がついている。

 「ごめんください!」

 とびらをあけてもだれもいない。年季のいった、中央がそりあがった厚手の幅50cmほどの鉄板がカウンターに沿って一面に並び、その横に生地を溶いたボ大きなボールをみて、ひと安心。

 すでに粉を練って準備してくださっているじゃあないですか、えへへへ・・。

 ニヤニヤしながら母屋をたずねると、ヘアバンドとロングTシャツが似合う奥さんが登場。昨日目の手術をされたとは思えないほど、ハツラツとされてるので、無理をお願いした罪の意識も和らぐ。

 約束の時間まで生口島探索だ。サンセットビーチという海水浴場でおりて砂浜で体操し、一汗かいておなかをすかせた。「昨日も7~8枚のお好み焼を食べて、そんなことしても何の効果もないと思いますよ」。ハヤッピの声をよそに今日のための小さな努力だ。この島はレモン栽培がさかん。斜面のレモンと海の青に見とれながら、ナポリピッツァまで浮かんできた。おなかスタンバイOKの印だ。

  10時にもどると、奥さんはキャベツを切っている。ざっくりした千切り。ニンジンも切る。「あんまり細いと水分が余分に出るからね。ニンジンは彩りがいいから、うちは最初から入れてるの」。

 材料がそろったら鉄板の温度を確認して、まずは大づかみのキャベツとニンジンを置いた。野菜炒めじゃあるまいし大丈夫なのか。そこにそばをのせ、ウスターらしきソースをかけ、両手のテコで豪快に炒めはじめた。ジュワ~ッと煙があがり、ソースの匂いがたちこめる。焼きそばはたのんでないのに、なぜか完全に焼きそばモード。

 お好み焼通Iさん父がお気に入りの28年目というベテランなのだから、ここはだまって見つめるしかないが、まだお好み焼のかけらもない。

  あと少しで焼きそば完成、という直前でそばにラードをひいて、生地をのばし始めた。生地はねかしたことで、とろみを増し、お玉からなめらかに落ちていく。直径25㎝はあるだろう、かなりでかい。

 野菜を炒めるのも、この段階で生地登場、というのも独特の焼き方だ。

 生地にけずり粉をちらし、先ほどのそば入り野菜炒めをのせる。さらに天カス、エビ、イカ、豚をのせ、再び生地をしっかりかけて、ひっくり返す。

 大きなテコふたつからあふれる大きなお好み焼。返すとややきつね色の焼き面が現れる。生地の焼け具合が実にいい。焼き面の肌合いで鉄板の仕事ぶりが確認できる。ふわっと、パリッとした皮一枚が、ふたの役目をし、そば入り野菜炒めを蒸しあげていく。

  じっくり待つこと10分近く、生地を押さえて、あとは卵を割って、のせて返し、ソース、けずり粉と青のり。

  生口島出身の奥さんは、三原のお好み焼屋さんを手伝ったのち、36歳で店を始めた。

 「もし目が見えんでも、手が勝手に動くけえ大丈夫」と、焼きながら笑う。

  さっそくテコをもらって、アツアツをがまんしながら一口。キャベツのトロトロが甘めのソースと重なってうまい。トロトロだけど、シャキシャキも残っている。最初の野菜炒めが理想的な食感を作っているのだろう。

 この暑さでこの熱さ。扇風機は回っているが汗は止まらない。でもテコをもつ手も止まらない。ひたすらうまいのだ。野菜の水分をふくんでそばはもっちり、皮はパリッ。ついつい食べ進んでしまう。この店のうまさの理由がどこにあるのか。あれほどおおざっぱに、何もかもおおらかなのに、単純明快になぜうまいのか。

 おまけにうまい店の店主はいつも淡々として、特別なことは何もないと微笑むだけというのも、どこも同じか。

  生口島をたずねてよかった・・きっとハヤッピも内心、満足しているはずだ。その証拠に尾道にもどるまで、さっきの店のことで話は持ちきりだったから。

 

 

(2011.01.30)